Excel高速化:シングルスレッドの壁とCPU使用率を徹底解説

多くの人がExcelを使い込み始めると、思いのほかCPUリソースを活かしきれないことに気付きます。特に複雑なシミュレーションや大量の計算をする際、「なぜこんなに処理が重いのにCPU使用率は低いままなの?」と疑問を持つ方は少なくありません。この記事では、その理由と対策方法を分かりやすく解説します。

ExcelのCPU使用率に関する基本的な疑問

Excelで重い計算を実行しているのに、CPU使用率が15%程度に留まるという現象は珍しくありません。この背景にはExcelの計算エンジンが持つ以下の特性が関係しています。

シングルスレッド処理の壁

Excelの多くの計算はシングルスレッドで行われます。一つひとつのセルの計算が他のセルと依存関係を持つことが多いため、同時並行で計算を行うと結果がズレるリスクがあるからです。

  • 依存関係がある例:セルAがセルBの値を参照し、セルBがセルCの値を参照しているケースなど。
  • 順序を乱すと、結果が正しく反映されない可能性がある。

マルチスレッド計算は存在するが限定的

Excelには「マルチスレッド計算を有効にする」オプションがありますが、すべての関数や処理が対象になるわけではありません。大規模な行列演算や統計関数など、一部の演算のみが複数のコアを活用する仕組みになっています。

  • マルチスレッド計算が活きるケース:MMULT関数(行列積)や多くの統計系関数(相関係数など)
  • 活きにくいケース:依存関係が複雑に絡み合う通常のセル計算やWhat-If分析など

なぜWhat-Ifデータテーブルがマルチスレッドにならないのか

What-Ifデータテーブルは、大量のパラメータをひとつずつ変えながら再計算を繰り返す仕組みです。見た目には「同じ計算を何度も繰り返しているだけ」なので並列化できそうですが、内部的には各シミュレーション結果が次のステップの参照に影響を及ぼす可能性があるため、Excelは安全策としてシングルスレッドでの再計算に近い動作を選択しがちです。

具体的なシミュレーション例:サイコロゲームでの大規模試行

あるユーザーのケースとして、以下のようなシミュレーションが挙げられます。

  • 1行に最大75個の乱数発生と判定処理
  • これをWhat-Ifデータテーブルで10万行分の試行を実行
  • 1回の再計算に10分以上かかる
  • しかしCPU使用率は15%前後にとどまる

想定される計算手順

  1. 各行で乱数(サイコロの出目2~12など)を最大75回生成
  2. 各乱数に対して勝ち負けの判定を分岐(IFS関数などを使用)
  3. 勝敗が確定したらカウントを取り、結果を出力(ROLL数やTRUE/FALSEなど)
  4. What-Ifデータテーブルが、パラメータを1~10万まで切り替えながら再計算

こうした構造の場合、途中のセルがどのように参照されているか、Excelがすべてを追跡しながら計算を進めるため、実質的に計算がシリアル(直列)化されていると言えます。

CPUやメモリのスペックとExcelの関係

ハイスペックPC(例:第13世代i9-13900H、32GB RAMなど)を導入しても、Excelのシングルスレッド処理がボトルネックとなればCPU使用率は低めにとどまります。メモリ使用率も40%や50%にしかならないケースがありますが、これはExcelが内部的に大きなメモリ領域を割り当てずにシリアルで計算を進めているためです。

Excelのシングルスレッド性を理解するためのポイント

Excelの計算が単一スレッドに依存しやすい理由は、以下のようにまとめられます。

1. 計算チェーンの存在

Excelは「計算チェーン」という仕組みで、どのセルがどのセルに依存するかを常に追跡しています。

  • 計算チェーンは、依存度の高い順にセルを並べて計算する仕組み
  • このチェーンが長いほど並列化が難しくなる

2. リアルタイム更新が前提

Excelは表計算ソフトとしてセルをリアルタイムに更新するので、結果が中途半端なタイミングで表示されることは避けなければいけません。わずかでも依存関係のあるセル同士を並列に計算すると、更新順序が乱れて整合性が崩れる恐れがあります。

パフォーマンス向上のための工夫

「Excelがシングルスレッドで計算するのはしかたない」と諦めるのではなく、以下の対策を試してみることで実用的な速度アップが期待できます。

1. 数式を見直す・簡素化する

  • 同じ処理が何度も重複している場合、補助列や補助セルを使って中間結果を作り、式の複雑さを減らす
  • 乱数生成やIF文が多数ある場合、複雑なIFSの連なりをVLOOKUPやMATCHなどで簡素化する

例:中間列を使った計算省略

' A列: 入力データ
' B列: 補助計算 (複雑な式を一度にまとめる)
' C列: 最終結果 (B列を参照して最終計算)

B2 = IF(A2>10, "High", "Low")  'ここで複雑なIF条件を集約
C2 = IF(B2="High", 1, 0)       'B2がHighなら1、そうでなければ0

こうすることで、再計算の際に式の依存関係がシンプルになり、処理が若干軽くなる場合があります。

2. 大規模処理はマクロ(VBA)やPower Queryの活用を検討

  • VBAを使って手続き的に計算を進める方法
  • Power QueryやPower Pivotなどを用いてデータ加工・分析をする方法

マクロを使えば、シート上の数式を複雑に組むよりも効率的なアルゴリズムを実装できる可能性があります。マルチスレッド自体は難しいかもしれませんが、必要なセル更新を最低限に抑える工夫ができるため、全体の計算時間を短縮できることがあります。

3. 範囲集計や配列数式をうまく使う

Excelの新しい関数(動的配列など)は、内部で一括計算を行う実装が増えています。例えば、単列の計算なら「=SUM(A2:A100001)」のように大きな範囲を直接参照すると、Excelが並列最適化する可能性があります。

  • FILTERやUNIQUEなどの動的配列関数も、内部で高速化されている
  • 配列数式で計算をまとめると、セルごとの依存関係が減る場合がある

What-Ifデータテーブルでシミュレーションを高速化するヒント

What-Ifデータテーブルそのものを高速化するのは難しいですが、工夫次第である程度の改善が期待できます。

分割アプローチ

大きなWhat-Ifテーブルを一度に実行するのではなく、分割して複数のテーブルに分散する方法があります。例えば10万行を5回に分けて2万行ずつ計算し、結果を統合する形です。この方法でも本質的にシングルスレッドでの計算に変わりはありませんが、Excelのメモリ管理やキャッシュが効率的に働く場合があります。

外部ツールでの実行

大規模シミュレーションを行うなら、PythonやRといったプログラミング言語で処理し、その結果をExcelに取り込む方法も検討する価値があります。PythonにはNumPyなどの高速ライブラリが豊富に存在し、大量の乱数生成や条件分岐処理を効率よく並列化できます。

  • Python連携の一例:Pythonで計算→CSVファイル出力→Excelで集計や可視化
  • Rでもシミュレーションパッケージが充実しており、統計解析に強い

Pythonによるサイコロゲーム試行例

import numpy as np

num_trials = 100000
results = []
for _ in range(num_trials):
    roll_count = 0
    # 最大75回のロール
    # 例として勝ち負け判断はサイコロの合計が特定値に達したら終了など
    while roll_count < 75:
        dice = np.random.randint(1, 7, size=2).sum()
        roll_count += 1
        # 勝ちの条件例:合計が11 or 12
        if dice in [11, 12]:
            results.append((True, roll_count))
            break
    else:
        # 75回以内に勝てなかった場合
        results.append((False, roll_count))

# 結果をExcelに取り込むなどで分析

上記のような形で試行を行い、その後の集計をExcel側に任せるやり方もあります。Pythonの乱数生成はC言語レベルで最適化されているため、大量の試行を大幅に高速化できるメリットがあります。

単一スレッドとマルチスレッドを使い分ける理由

「なぜ最初からすべてマルチスレッド化しないのか?」という問いには、Excelの基本的な設計思想が関わってきます。

多様なユースケースへの対応

Excelは家計簿や売上管理から高度な統計分析まで、膨大な種類のユーザーが利用するソフトウェアです。多様なユースケースに耐えうる信頼性と汎用性を重視するため、計算精度や整合性に最も配慮しています。

互換性・安定性の維持

古いバージョンからのファイル互換性を確保するために、内部構造を急激に変えることは困難です。また、並列化を積極的に導入すると、場合によっては意図しないタイミングでの再計算が発生し、ユーザーの期待しない結果を招く可能性があります。

まとめ:ExcelのCPU使用率の低さと付き合う方法

Excelが大量の計算をする際にCPU使用率が思ったほど上がらない理由は、主に以下の点に集約されます。

  1. シングルスレッドが基本の計算エンジン
  2. 一部の限定的な関数のみマルチスレッド対応
  3. 依存関係が複雑な場合やWhat-Ifデータテーブルでは並列化が制限される

したがって、高速化を求めるのであれば次のような対策が考えられます。

  • 数式をシンプルにし、中間列で分割するなどの工夫をする
  • VBAマクロやPower QueryなどのExcel外のロジックを活用する
  • PythonやRなど、並列化が得意な外部ツールで大量のシミュレーションを行い、Excelは集計と可視化に注力させる

Excel単体での高速化には限度がありますが、道具を使い分けたり設計を工夫することで、CPUリソースの無駄を最小限にし、よりスムーズに作業を進めることが可能です。特に大量データや繰り返し処理が多いケースでは、Excelの枠に捉われず、最適なツールや関数を活用してみると良いでしょう。

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