BizTalk Server 2020を取り巻くセキュリティ要件は、日々高度化するサイバー脅威の増大や企業のコンプライアンス対策の必要性から重要度が増しています。この記事では、BizTalk Server 2020が現時点でサポートしているTLSバージョンや、TLS 1.3の今後の対応について詳しく解説していきます。
BizTalk Server 2020が抱えるTLS 1.3対応の背景
BizTalk Server 2020は企業の基幹システム同士をつなぐ統合プラットフォームとして利用されるケースが多く、金融機関や医療業界など高いセキュリティレベルが求められる環境でも稼働しています。一方で、より安全性の高い通信を実現するために期待されているプロトコルがTLS 1.3です。
しかし、現在公表されているマイクロソフトのドキュメントや情報によれば、BizTalk Server 2020で正式にサポートされているTLSのバージョンは1.2までとされています。そのため、セキュリティ強化策としてTLS 1.3を導入しようと考えている方は、実運用に入る前にBizTalk Server側の対応状況を正しく把握することが重要です。
TLS 1.2とTLS 1.3の主な違い
TLS 1.3はTLS 1.2と比較して、ハンドシェイクの高速化や暗号方式の強化など、さまざまな改善が盛り込まれています。たとえば、TLS 1.2では数回の往復通信が必要だった暗号情報の交換が、TLS 1.3では往復回数が削減され、接続確立のパフォーマンスが向上するメリットがあります。また、安全性が脆弱と判断された暗号スイートはTLS 1.3で排除されるなど、従来のバージョンよりも堅牢なプロトコル設計になっています。
TLS 1.2からのアップグレードで期待される効果
- セキュリティの向上: TLS 1.3では、前述の通り脆弱性が確認された暗号スイートの使用が廃止されており、通信の安全性が高まります。
- 通信の高速化: ハンドシェイクプロセスが簡略化され、SSL/TLS接続時の待ち時間が減るため、ユーザーエクスペリエンスの向上にも寄与します。
- 長期的な標準化: 既に多くのWebサーバーやブラウザがTLS 1.3をサポートしているため、将来的に企業システムでもTLS 1.3対応が一般化していく流れが予想されます。
BizTalk Server 2020とTLS 1.3の現状
実際にBizTalk Serverを運用している管理者や、これからBizTalk Server 2020を導入しようとしている方にとって、最も気になるのは「BizTalk Server 2020はTLS 1.3をサポートしているのか?」という点です。結論としては、現時点では公式ドキュメント上でもTLS 1.3のサポートは明確にアナウンスされておらず、TLS 1.2までのサポートが正式に示されています。
たとえWindows Server自体がTLS 1.3をサポート可能であっても、BizTalk Serverのレイヤーで対応していなければ、BizTalk Serverを介した通信や機能の中でTLS 1.3を利用することは困難です。ここが、BizTalk Serverユーザーにとって最も大きな制約となっています。
マイクロソフト公式ドキュメントの調査
マイクロソフトの公式ドキュメントや、BizTalk Serverに関するリリースノート、FAQなどを確認すると、セキュリティアップデートに関する情報は都度掲載されています。しかし、現時点では「TLS 1.3をBizTalk Server 2020でサポートする」という公式表記や、アップデートプランは示されていません。
一部のコミュニティサイトやフォーラムでは「将来的にBizTalk ServerにTLS 1.3が実装されるのでは」という推測が見られますが、あくまで噂レベルであり、確定情報ではありません。
TLS 1.3導入の可能性を探る
BizTalk Serverは長らく企業システムにおけるEAI(Enterprise Application Integration)の中核を担ってきましたが、クラウド環境を取り入れたハイブリッド構成など、近年のニーズに対応するために大きく変化を遂げています。
マイクロソフトはAzure Integration Services(Logic AppsやService Busなど)とBizTalk Serverの連携も積極的に推奨しており、クラウドサービス側ではTLS 1.3のサポートが進行中です。将来的には、BizTalk Server自体にもTLS 1.3サポートが追加される可能性がありますが、現在は公式なロードマップの記載はありません。
企業が取るべき実践的対策
ここからは、BizTalk Serverを運用している企業が、現時点で考慮すべき実践的対策について整理してみましょう。TLS 1.3がサポートされない状況下でも、最大限のセキュリティを確保するためのポイントをご紹介します。
1. BizTalk ServerをホストするWindows Serverの設定最適化
たとえBizTalk Server自体がTLS 1.3をサポートしていなくても、Windows Server側で最新のセキュリティアップデートを適用し、TLS 1.2の暗号スイートやキー交換方式を強化することは可能です。
以下のようにレジストリを調整し、不要な暗号スイートを無効化することで、TLS 1.2による通信を安全かつ最適に保つことができます。
REG ADD "HKLM\SYSTEM\CurrentControlSet\Control\SecurityProviders\SCHANNEL\Protocols\TLS 1.2\Server" /v Enabled /t REG_DWORD /d 1 /f
REG ADD "HKLM\SYSTEM\CurrentControlSet\Control\SecurityProviders\SCHANNEL\Protocols\TLS 1.2\Client" /v Enabled /t REG_DWORD /d 1 /f
さらに、PCI DSSなどの厳格なセキュリティ基準を求められる環境では、暗号スイートの選定や証明書の管理方法にも注意が必要です。BizTalk ServerのホストOSが安全な暗号化設定を維持しているか、定期的に監査する体制を整えましょう。
2. 接続先システムやアプリケーションのTLSポリシーを確認
BizTalk Serverは他のシステムや外部サービスと連携してこそ、その真価を発揮する製品です。接続先のAPIやウェブサービスがTLS 1.3のみを強制している場合、BizTalk Server 2020では接続できない可能性があります。
事前に接続先の要件を確認し、TLS 1.2での通信が許可されているかをチェックしておくことが大切です。もしTLS 1.3が必須となっている場合は、BizTalk Serverを経由しない代替策や、Azure Integration Servicesへの一部移行を検討することも選択肢の一つです。
3. 将来のBizTalk Serverアップデート情報を追跡
BizTalk Serverの新バージョンや累積アップデート(CU: Cumulative Update)がリリースされるたびに、リリースノートを必ず確認しましょう。小規模な修正だけでなく、新機能やセキュリティ対応が含まれる場合があるからです。
BizTalk Server 2020のメインストリームサポートが終了する前に、次期バージョンやマイナーアップデートでTLS 1.3対応が盛り込まれる可能性も考えられます。情報収集の手段としては、以下のような方法があります。
- Microsoft Learn: 製品ドキュメントやチュートリアル、アップデート情報が一括で確認できる。
- マイクロソフト公式ブログ: BizTalk製品チームやAzure Integration Servicesチームが定期的に技術記事を公開。
- サポートチャネル: プレミアサポートや各国のマイクロソフトカスタマーサポートを通じて、将来の機能追加の可能性などを問い合わせ可能。
BizTalk Server運用の継続か、それともクラウド移行か
近年、マイクロソフト自身がAzure Integration Services(Logic Apps、Azure Functions、Event Grid、Service Busなど)を活用したクラウドネイティブのインテグレーションプラットフォームを提唱しており、BizTalk Serverの機能をAzure上で補完するシナリオが増えています。
もしTLS 1.3が必須となるような外部システムや新規プロジェクトがある場合、BizTalk Serverだけに固執せず、Azure Integration Servicesを含めたハイブリッド構成に移行することが望ましい場合もあります。将来的にBizTalk Serverのサポート期限やアップグレードのコストを考慮すると、クラウド移行は十分な選択肢となり得るでしょう。
クラウド移行へのステップ
- 既存のBizTalkソリューションの棚卸し: 現在動作しているすべてのアプリケーションやマッピング、パイプラインを洗い出し、移行可能な部分とオンプレミスに残すべき部分を分類します。
- Azureリソースの評価: Logic AppsやFunction Apps、Service Busなどのクラウドサービスで代用可能な機能を特定し、試験運用を行います。
- ハイブリッド接続のテスト: BizTalk ServerとAzure Integration Servicesを接続したハイブリッド構成で運用テストを行い、応答速度やトランザクションの整合性を検証します。
- 段階的移行: 一度にすべてを移行するのではなく、リスクが低い部分から順次移行を進め、運用ノウハウを蓄積していきます。
BizTalkとAzureのハイブリッドでTLS 1.3を活かす
Azure側のWeb AppsやAPI Managementなど多くのサービスは、すでにTLS 1.3に対応済みもしくは対応予定が示されています。ハイブリッド構成をとることで、一部の通信はTLS 1.3を使用しつつ、BizTalk Serverが必要とする連携部分だけをTLS 1.2で処理するといった柔軟なアーキテクチャを実現できます。
ただし、ハイブリッド構成ではネットワーク経路が増えるため、通信速度やセキュリティ構成が複雑になる点を踏まえて設計する必要があります。
具体的な検討項目と実装例
TLS 1.3の実装に直接踏み込めない現段階でも、システムの堅牢性を高めるためにできることは数多く存在します。ここでは、実務で役立ついくつかの検討項目と、実装例を示します。
Windows Firewallとネットワークセキュリティの強化
セキュリティとは、暗号化だけではなく多層的な防御によって成り立ちます。BizTalk Serverを稼働させるWindows ServerのFirewall設定を見直し、外部からの不要なポートアクセスを遮断することで攻撃のリスクを減らします。
さらに、通信内容を可視化するためのIDS/IPS(侵入検知・防御システム)を導入することも、異常な通信パターンを早期に検出する有効な手段です。BizTalk Serverのメッセージフロー上で不審なトラフィックが発生した場合にアラートを出す仕組みを整備することで、被害を未然に防止しやすくなります。
Firewall設定の例
以下の表は、BizTalk Serverでよく利用されるポートと推奨されるFirewall設定の例です。必須ポート以外は極力閉じることを念頭に置いてください。
サービス/機能 | ポート | 説明 | 推奨設定 |
---|---|---|---|
BizTalk Management Database | 1433 | SQL Server接続 | 信頼できるネットワークからのみ |
BizTalk RPC | 135 | RPCサービス用 | 必要時のみ開放 |
BizTalk Administration | BizTalk MMC、WMI | コントロール台(MMC、WMI通信) | アドミニストレーション端末限定 |
HTTP/HTTPS | 80,443 | Webサービス通信(IIS, WCFなど) | 443に限定し、TLS 1.2を優先 |
このように、最低限必要なポートだけを厳格に管理することで、潜在的な攻撃経路を減らし、システム全体の安全性を確保します。
アプリケーション層での暗号化と認証強化
BizTalk Serverはメッセージ変換やブリッジングなどアプリケーション層でのデータ処理が中心です。トランスポート層(TLS)のみならず、アプリケーション層でも暗号化やデジタル署名を実装することで、二重・三重のセキュリティレイヤーを構築できます。
たとえば、BizTalk Serverのパイプラインコンポーネントを拡張し、敏感情報(個人情報や財務データなど)を一部マスク化したり、暗号化した状態で受け渡す仕組みを入れることが考えられます。さらにはAzure Key Vaultなどの鍵管理サービスを併用し、秘匿性の高いデータを安全に保管することも有効です。
今後のTLS 1.3サポートに備えるための3つのステップ
BizTalk Server 2020で今すぐTLS 1.3を利用することは難しい状況ですが、将来的にサポートされる可能性がゼロではありません。では、その時にスムーズに移行するために、どのような準備をしておけばよいのでしょうか。
ステップ1: 情報収集と連絡体制の整備
前述の通り、マイクロソフト公式ドキュメントや製品ブログ、ユーザーフォーラムなどを定期的にモニターし、TLS 1.3に関する公式アナウンスを逃さないようにしましょう。さらに、BizTalk Serverを導入している企業であれば、マイクロソフトのパートナー企業やコンサルタントとの連絡体制を確立しておくと、いち早く情報を得られる場合があります。
ステップ2: ラボ環境でのテスト準備
いざBizTalk ServerがTLS 1.3をサポートするアップデートやパッチがリリースされたとき、すぐにテストできるラボ環境を構築しておくことが理想です。
- テスト用のBizTalk Server環境: 本番環境とできるだけ近い構成を用意し、本番稼働に影響を与えずに検証できるようにする。
- ロールバック計画: 万が一問題が発生した場合に、TLS 1.2へ戻す手順を用意しておく。
- 運用マニュアルの整備: 設定変更やトラブルシューティングの手順をドキュメント化しておき、担当者間で共有する。
ステップ3: クラウドサービスや他製品のサポート状況の確認
BizTalk Serverだけでなく、周辺で利用しているSQL ServerやWindows Server OSのバージョン、さらには社内で利用している他製品・サービスのTLS 1.3対応状況もチェックする必要があります。
特に、社外のSaaS連携やAPI連携が多い場合、接続先がTLS 1.3へ完全移行してしまうと、BizTalk Server 2020では接続が確立できなくなるリスクがあります。そうした事態に備え、連携先サービスがどのバージョンをサポートしているかを定期的に把握しておくことが重要です。
まとめ
BizTalk Server 2020は企業の重要なデータ連携を担う製品として、セキュリティ対策が非常に重要です。現時点ではTLS 1.3はサポートされておらず、今後のバージョンアップやアップデートで対応されるかどうかも不透明な状況が続きます。しかし、TLS 1.3に未対応だからといって、今すぐ大きく慌てる必要はありません。
TLS 1.2でも十分にセキュリティを強化できるポイントは多く存在し、Windows ServerのレジストリやFirewall、アプリケーション層での暗号化設定を最適化することで、現時点で考え得る最善の保護を実現できます。また、将来的にBizTalk ServerがTLS 1.3へ対応した際には、スムーズな移行が行えるように情報収集やテスト環境の整備を進めておきましょう。
もし外部連携や新規プロジェクトでTLS 1.3の利用が必須となる場合は、BizTalk Server単独の運用に固執せず、Azure Integration Servicesとのハイブリッド構成を視野に入れるなど、柔軟なアーキテクチャを検討してみるのも一つの方法です。
最終的には、自社のセキュリティ要件・コンプライアンス・将来的なシステムアーキテクチャの方向性を見極めながら、BizTalk ServerやAzureなどのプラットフォームを最適に活用することが求められます。セキュリティと運用効率を両立した企業システムを築くためにも、日頃からの情報収集と適切な計画立案が不可欠です。
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